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スウェーデン / Sweden 政治 / Politics 社会 / Society

いつからスウェーデンは移民大国になったの?

「高身長で碧眼、彫りの深い端正な顔立ち」


そんな北欧のステレオタイプを持っている人もいるのではないでしょうか?今日そんな北欧のイメージは必ずしも当てはまらないんです。特に北欧5ヵ国の中でも移民や難民に寛容な国とされるスウェーデンでは特に。

総人口1000万人を有するスウェーデンでありますが、そのうちの外国に背景を持つ人の割合は24.9%です。

これは4人に1人が外国に背景を持つ人ということになります。この「外国に背景を持つ人」には「外国生まれのスウェーデン在住者」と「両親が外国生まれのスウェーデン生まれの人」も含みます。

外国生まれの人だけ見ると実に19.1%です。
人口に占める外国籍を持つ人の割合は9.1%です。

現在どれほど移民や難民が多くいるかわかりましたか?

でも昔から移民受け入れ国ではなかったんです。スウェーデン統計局によると、1960年の外国生まれの人の割合は4.0%でした。(それでも日本のその割合(2%前後)より多いですが。)60年ほどで外国生まれの人の割合が5倍近くになったスウェーデン社会。

その移民国家と言われるまでの経緯にフォーカスしてみましょう!




Sweden.seという公式サイトの移民ページに沿ってみていきます。

https://sweden.se




●移民送出時代:1850-1939年


移民国家のイメージが強いスウェーデンですが、実はかつてはスウェーデンから海外の国へ移民を送出する国だったんです。

その行き先はアメリカやオーストラリア。およそ150万人ほどのスウェーデン人が移民として出て行ったそうです。当時のスウェーデンの人口を考えると、20%近く出て行った計算になります。

なぜスウェーデンを出て行った?


いくつか理由はあるようですが、大きな理由として

①貧困から脱するため

②宗教迫害から逃れるため

③将来に対する不安

④政治的な抑圧

⑤冒険心(ゴールドラッシュの時代とリンクしている)

国を出ていくということはその時の生活に満足していないからですよね。

だから、今でさえ理想郷のように崇められるスウェーデンもかつてはそうではなかったんです。





●戦後の移民受け入れ:1940-1979年


第二次世界大戦では(形式的に)中立を保ったスウェーデンは、戦後復興が早い段階でできました。そこで必要になったのは人的資源。当時、隣国のフィンランドをはじめとして、イタリア、ギリシャ、旧ユーゴ圏の国、トルコ、バルカン諸国から多く移民がやってきました。

1970年代になるとその急激な移民増加から規制がかかりました。入国するのに雇用契約書や経済力を示す書類、居住許可書の提示が必要になりました。




●スウェーデンへの亡命者の増加:1980-1999年



この時代は紛争による亡命者が増えた時代でした。前のフェーズだと職を目的としてスウェーデンに来る人が多かったのですが、この時代では安全な生活を求めてスウェーデンにたくさんの人が来たのです。以下、その大きな紛争による難民です。

イラン・イラク戦争:

1980年に勃発したこの戦争によってイラク、イランからそれぞれ7000人と27000人の難民がスウェーデンにやってきました。アメリカ主導のイラクへの介入によってさらに難民が増え、スウェーデンにやってきました。


ユーゴスラヴィア内戦:

1990年代にこのユーゴスラヴィア内戦によって、10万人のボスニア人や3600人のアルバニア人がスウェーデンに難民としてやってきました。




●シェンゲン協定とEU諸国:2000-2012年



1995年からEUに加盟しているスウェーデンは、2001年にシェンゲン協定に加盟しました。

※シェンゲン協定:ヨーロッパ間の国家同士で、国境での審査なしで国を行き来できる協定


つまり、これによってシェンゲン協定に加盟しているヨーロッパ諸国がスウェーデンにやってきました。逆にスウェーデンからも他国へ移民としていく人も増えました。



<スウェーデンに集まる5つの理由>

●家族と再会:すでにスウェーデンに移民として来ている家族と暮らすために居住許可をとって、一緒に暮らすためにスウェーデンに行く人が多くいました。2014年には4万人の人がこの理由でスウェーデンに来ました。

●難民:スウェーデンは国連難民条約に批准したので、難民と認定された人に2014年の多くの難民の多くはシリアとエリトリアからの無国籍の人でした。

●就労:スタートアップ企業やIT系の企業が数多く設立されるにしたがって、労働者が必要になりました。高給であったため、多くの外国人労働者が移民としてスウェーデンに。中でもタイ、インド、中国からが多かったそう。

●就学:就学目的でスウェーデンに来る人もまた多いです。ドイツに始まり、フランス、中国、インドが特に多い。以前まで多かった就学者も最近では少なくなっているそう。というのも、2011年からスウェーデンはいわゆるEU加盟国とEEA加盟国、そしてスイスの国民以外の人は授業料を払わなければならなくなったからです。逆に考えると、それまでスウェーデンでは誰でも無償で就学できたということですね。

●恋愛:スウェーデンに旅行に来たときや他の国でスウェーデン人と会って意気投合して、スウェーデンに来ることもあるんだとか。




●スウェーデン人と移民の統合:2013-2014年



2014年にスウェーデンの人口は10万人を増えました。当時12万7千人の移民がスウェーデンにいたことが大きな要因です。2014年に8万人の難民(特にシリア、エリトリアと無国籍の人々)がスウェーデンに来ました。これは史上2番目に多かった年であり、ドイツに次いで2番目に難民受け入れをしている国となりました。

6人に1人が外国生まれとなった当時、現地スウェーデン人と難民との共存に関して問題が明るみになりました。特に目立つのが道端にいるいわゆる乞食です。こうした問題は他国でも問題視されており、EU議会を中心に支援がなされるようになりました。

2015年になされたある調査では、10人中6人は移民はスウェーデンにとってプラスになると考える人がいる一方で、同じく10人中6人がスウェーデンの統合政策は機能していないのにと答えたそうです。





●難民への課題:2015-2018年



2015年に移民に関する法律が厳格化され、難民認定者数も急激に減りました。国境での入国審査が厳しくなったり、居住許可申請も難しくなりました。これまでのような寛大な移民政策から最低限での移民政策に転換したのです。

海外メディアでもスウェーデンの移民難民問題は取り上げられることが多くなりました。かつてのような理想郷的なスウェーデンのイメージから、今や不寛容で財政難のある国としてのイメージが強くなってきています。スウェーデン人にしても、およそ20%が移民を好機というよりはむしろ問題と捉えており、一方で移民が社会にもたらす影響については肯定的です。








最後に

スウェーデンの移民の歴史についてお分かりいただけましたか?もともとは移民を送出する国であったスウェーデンは周辺国、世界情勢の流れから受け入れる立場になりました。当初は受け入れに寛容であったスウェーデンも、その数が増えていくにつれ、文化摩擦や国家としての財政難、社会保障にヒビが入ってきたのかもしれません。これからは移民難民との共存にどうやって折り合いをつけていくかが課題になりそうですね。


ちなみに最後の最後に補足ではありますが、スウェーデンが移民送出国であったことについて。

映画「タイタニック」はご存知ですか?

決して沈没しないと言われたイギリスの大型豪華客船「タイタニック号」が氷河に衝突し、沈没するという実話を元にしてつく割れた映画ですよね。実はあの映画の序盤でスウェーデンが移民としてアメリカに行こうとしてる様子がわかるシーンがあるんです。

レオナルドディカプリオがイタリア人の友人と一緒に2人の男とポーカーをしたシーンです。

実際に音声を聞いてみればわかる(スウェーデン語がわかる方だけになってしまいます)のですが、2人の男たちはリズミカルなスウェーデン語を話しているんです。タイタニック号の処女航海は1912年です。これは先ほど確認した系譜の中でも最初のフェーズ。スウェーデンからアメリカに移民として出て行った時期と被っています。


ぜひ確認してみてくだいさいね!


近年のスウェーデンの国政選挙の変遷についてコチラの記事も合わせてどうぞ!!

世界でもトップレベルで投票率が高いスウェーデンですが、その民意に変化が表れています。




参考:

https://www.scb.se/en/finding-statistics/statistics-by-subject-area/population/population-composition/population-statistics/pong/tables-and-graphs/yearly-statistics–the-whole-country/summary-of-population-statistics/#Fotnoter

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