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名前を変えたら就職できた?スウェーデンにみる移民事情

こんにちは、NorrライターのRenです。
スウェーデンと聞くと、「移民」を思い浮かべる人も多いかもしれません。今回はそんなスウェーデンの移民事情にまつわる内容です。

ところで、皆さんは親御さんからもらう最初のプレゼントである「名前」を持っていると思うのですが、どんな意味が込められていますか?

僕は「蓮」という名前をもらいました。花言葉には「清らかな心」があり、もしかしたら蓮(はす)から仏教を連想する人もいるかもしれません。

そういえば、Norrオリジナルキャラクターである「グスタフ」は、現スウェーデン国王であるカール16世グスタフに由来しています。


こんな感じで、名前は何かとその国柄や文化を強く反映しているものだとすることができ、他の文化で大きく「音」が変わってきます。かもすると、その人のアイデンティティーにも大きく影響するであろう「名前」と「移民」が今回の大きなテーマです。


Norrオリジナルキャラクター
「グスタフ」
https://www.instagram.com/norr.official/




名前を変えたら就職できた?


今回は、「名前」に焦点を当てたスウェーデンの移民事情について書かれた研究論文を参考に見ていきます。論文のタイトルは「Name change and destigmatization among Middle Eastern immigrants in Sweden」です。直訳すると、「スウェーデンにおける中東移民の改名と汚名返上」です。

つまるところ、名前を変えることが中東移民にとってスウェーデン社会に溶け込む為にどんな意味を持つのかについての研究です。昨今、反移民政党の台頭で注目を浴びているスウェーデンでは、統合政策(いかに移民難民を社会に溶け込ませられるか)が問題になっています。
(→『選挙結果から見るスウェーデンの移民事情』

この論文が書かれたのは2012年と少し古いですが、これをベースにスウェーデンでの移民の現実に迫ります。


※この論文で挙げられているのは事実ではありますが、スウェーデン社会全体で起きていることは保証できません。1つの事例として捉えていただければ幸いです。


スウェーデンの日常の様子
Melker Dahlstrand/imagebnk.sweden.se




スウェーデンのざっくり移民史


本題に移る前に、スウェーデンの移民史の概観を確認しておきます。
(→詳しく知りたい方は、『いつからスウェーデンは移民大国になったの?』をどうぞ)

もともとスウェーデンは『移民受入国』ではなく、『移民送出国』でした。転機が訪れたのは1940年代。この当時はまだ、人口に占める外国生まれの人の割合は1%程度でした。

第2次世界大戦中、中立を主張していたスウェーデンは戦後復興のため素早く労働移民を受け入れることができました。この時流入した移民の多くは、スウェーデン近隣国や南欧などヨーロッパからの移民がほとんどです。

1970年代に入ると、経済成長が停滞期に入り、一旦労働移民の受け入れをストップするようになります。その後、労働移民の受け入れから難民や移民家族の流入が多くなってきて、その出身地の多くは南アメリカ、中東、アフリカです。

1975年より、スウェーデン政府は寛大な移民政策を推進するようになりました。これにより、原則としてスウェーデン人と移民難民は平等に扱われ、同様の福祉、その他機会を享受できるようになりました。

2012年では、人口930万人のうち、14%(約130万人)が外国生まれで、そのうちの21.5%(約28万人)が中東からの流入者です。

*スウェーデン統計局の2018年最新情報によると、外国生まれの人口は19.1%(196万人)にまで増加しています。


スウェーデンでのフィーカの様子
Faramarz Gosheh/imagebank.sweden.se




スウェーデンの移民政策は上手くいっているのか?


今回のテーマはあくまでも移民の「名前」についてなので、政策の是非については軽く触れることにします。

前述の移民政策は必ずしも上手くいっているとは言えないようです。

西欧以外からの移民(主に中東)は失業率で見ると、西欧からの移民やスウェーデン人よりもかなり高くなっていて、逆に給与水準は低い。

1991〜1994年にかけて経済停滞を経験したスウェーデンですが、1996年当時の移民の失業率は17%でした。対して、スウェーデン人の失業率は8%です。

ヨーテボリ大学の研究機関が1990年に行った調査では、住民のうち65%がイスラム教に対してネガティブな印象を持つことがわかり、75%の住民がイスラム圏からの移民の流入を制限すべきと主張したこともわかっています。


ヨーテボリのトラムの様子
Emelie Asplund/imagebank.sweden.se




スウェーデンでは中東のイメージは悪い?


論文内の記述によると、スウェーデン人の中で、ムスリムの男性は「暴力的」、女性は「抑圧されていて依存気味」とのイメージがあるよう。

少なくとも多くのスウェーデン人の中で、ムスリムの人たちを脅威として捉え、”スウェーデンらしさ”として捉えられる民主主義や男女平等の価値観をすんなり受け入れる人たちではないと感じているようです。

(もちろん中東の人が全員そうであるというわけではありませんし、スウェーデン国民全員がそう感じているわけではありません。)




中東移民が改名した事例


この論文は改名した中東移民45名への電話インタビューを元にしています。男女比は56:44とおおよそ半々で、そのうちの半数が大学を卒業しています。


スウェーデンのケバブ屋の様子


なぜ改名したのか?


改名した理由について、
「しばしば汚名や差別を受ける経験があるから」73%
「同じ人間として扱われたいから」64%
「労働市場での差別を解消するため」58%
「旧名のスペルや発音によって生活に支障をきたすことがあったから」56%
と回答しました。

何れにせよ、生活する上で名前が足枷になってしまっているケースが少なくないようです。


改名後の変化についての声


改名することがその人の生活にどんな影響があったのか、論文で挙げられていた事例の中から4人を抜粋してみます。


②Eva Brickforsenさん(仮名)
:トルコ出身、看護師

‘People treat me like a human being!’ 

みんなが「人」として扱ってくれる!



②Nils Rexhamreさん(仮名)
:イラク出身、コンピューターエンジニア

‘I was nothing before. Now I am somebody.’ 

前は何者でもなかったけど、今は1人の人間として生きている。



③Carl-Johan Ragnedalさん(仮名)
:レバノン人父とスウェーデン人母の子、ファイナンシャルアナリスト

‘It [the name] was an obstacle in my career. Like I said, I applied for 150 jobs and was only invited to one interview. After I changed my name, I applied for eleven jobs, was invited to six interviews and got three job offers. . . . I became a financial analyst right away. Doors opened up. ’

名前が就職する上で障害になってたんだ。150社にアプライしたけど、面接まで行けたのはたった1社だけ。でも、名前を変えてからは、11社にアプライして面接に行けたのは6社だよ。そのうち、3社から内定をもらえたんだ。そのままファイナンシャルアナリストになったんだ。改名することで可能性が広がったよ。


こうした声から、中東系の名前によって雇用の機会が制限されている事例が一定数あるようです。改名することで雇用機会が広がり、心理的にも安心感を得られるようです。特に、求職においては履歴書によって面接を受けられるかが決まることも多いので、このことが名前の重要性を物語っています。


Lena Granefelt/imagebank.sweden.se




移民は名前を変える必要があるのか?


これまで見てきたように、移民に寛大だとされているスウェーデンでもこうした現状があるようです。移民を受け入れるのはそこまで難しくなく、問題なのは受け入れてから。

– どのようにして全く異なるバックグラウンドを持つ人たちと共生していくのか。
– どこまでスウェーデン社会に同化すべきなのか。

例えば、イスラム圏とスウェーデン社会では男女平等に対する考え方が根本的に違います。教育に対する考えも大きく異なります。

冒頭の通り、名前はアイデンティティーとも言えるほどにその人のストーリーを含んでいます。そんな大切な、大切な名前を捨てるということは簡単なことではありません。

今回の「移民は名前を変えるべきか」という問いに対しては、「ノー」と応えるべきだと思います。ただ、異なる価値観の社会に順応していくには「名前」がどれほど大きな役割を果たしているかがわかったかと思います。


日本のこれからを見据えて、、


日本でも増える外国人労働者。東京のような大都市では多くのコンビニで外国人の店員が目立ちます。日本全体で見ると海外からくる人の数はまだまだ少ないですが、これから多くの人の生活に良くも悪くも影響を及ぼすようになるはずです。

僕自身、ノルウェーやスウェーデンでの生活を通して様々な国籍の人たちと交流してきましたが、やっぱり日本人との時間が一番落ち着きます。これはある種致し方がないことだと思うのですが、日本でも外国人労働者の受け入れ拡大に伴って今後間違いなく増える問題だと思います。

– 明日あなたの隣にカタカナの名前の人が引っ越してきたらどうでしょうか?
– 採用担当をしているあなたは海外の人を今採用できる準備ができていますか?

すんなり受け入れられる人は多くはないはずです。


今回は、移民大国スウェーデンで実際に起きている事例を紹介してみました。

これから起きるであろう問題として、違う背景を持つ人たちとどうやって共生していくか、少しでも考える機会になれば嬉しく思います。




●今回参照した論文:

Moa Bursell (2012) Name change and destigmatization among Middle Eastern immigrants in Sweden, Ethnic and Racial Studies, 35:3, 471-487, DOI: 10.1080/01419870.2011.589522

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